こんにちは 
「なおたま」こと、吉村 尚珠(よしむらひさみ)です。

三重県伊賀市に拠点を置き、近隣では、京都・大阪・奈良・滋賀・愛知(名古屋)への出張・オンライン(ZOOM)でのカウンセリング・講座をしています。

主に、パートナーシップ(親子関係・夫婦関係・恋愛関係)や、ご本人の魂の使命(本来の求めている仕事や生き方)・自己受容・自己肯定感をあげるワークで、人の事を氣にせず行動が出来ようになり、「望む人生を手に入れる事ができる」ようになります

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親子関係に特に力を入れている経緯は、自分の生い立ちにあります

幼少のころから、母との関係は良いものではありませんでした
時代背景もあり、 今なら「虐待」と言われるような感じでしょう

とても厳しく育てられました 竹のモノサシで叩かれたり、お尻をぶたれたり・・・ 
時には、ハサミなども飛んできますwww

こんな状態でしたので、私は母に愛されていないのではないかと思いつつ、幼少期を過ごしました

人との付き合いが上手くいかず、小学校の頃から、早く自立したいという思いもあり、自己啓発などに興味を持つ子供でした
睡眠学習や、マーフィの法則、潜在意識について、徐々にのめり込んでいきますwww

それが功をそうしていたのか、お付き合いしたいと思った人とは、必ずお付き合いする事になり、思い通りの恋愛をしていました

仕事も順調で、責任者にまで上り詰め、当時、男性並みに働いていましたが、男性以上の収入を得ていました

順調に思えた人生でしたが、母親との関係が上手く行くことがなく、やはりどこかで母親を強く求めていたのでしょう

「母親との関係を何とか修復したい・・・」
それだけを望み、色々なセミナーやカウンセリングを受けまくりました

おめでた結婚(できちゃった結婚)で長女を授かりました
吉村の長女として生まれ、親は「家を継いでもらいたい」と言う考えもあったのだろうと思います

昭和の時代の親なので「覚悟を持って、嫁に行く」と言う意味も含め、妹が後を継ぐことになりました

ですが、喜ばれることはなく、(元)夫の親から「降ろせ」と責められました
なんとか、義親を納得させ、結婚に至りましたが、私の望む結婚ではありませんでした

妊娠9か月の時、(元)夫から顔が腫れあがるほど、ボコボコにされました
幸いにも流産はする事なく、無事に長女を出産しました

子供は産むという選択肢しか思い浮かびませんでしたが、彼との結婚を本気で望んでいた訳ではありませんでした

そもそも、本気で望んでいた相手との結婚ではありません

子供が生まれても、常に「離婚する」という思いが増していくばかりでした

元夫からは、生活費を入れてもらう事はなく、自分の預金を食いつぶしました

ある夏の暑い日です 電気料金滞納により、電気の供給が止められていました

冷蔵庫の中は温かくなり、中の食品は食べられる状態ではないはずですが、既に冷蔵庫の中は、ほとんど空でしたので、大きな被害には至りませんでした(笑)

そのとき、元夫は、ほかの子供たちに、食事をおごっていたそうです 


子供を二人抱えての生活でしたが、紙一枚の「戸籍」が、貰えるはずの援助を、妨げていました

ある日、掃除をしていると、一枚の紙が、ひらひらと上から落ちてきました

何度もケンカし、もめた時に書いた、「元夫と保証人がサインしてある離婚届」でした

書いたことさえ忘れていた離婚届
あとは、私の印鑑を押して提出すれば・・・の状態でした

・・・
晴れて「離婚は成立」しました

こうして、シングルマザーになりましたが、子供の問題が勃発します

上の子は、優秀で、一見何の問題もなく育ちました

が、中学生の頃、死ぬか生きるか・・・ 「3:7」の危うい手術を受ける事になり、子供を失うかもしれない恐怖に「まだ何もしていない」という後悔でいっぱいになりました

幸い一命は取り留め、「のど元過ぎれば・・・」
反抗期の彼女との戦いに突入します

女の子の反抗期は、とて厳しいものとなり、お互い感情的で、取っ組み合いのケンカになり、生傷が絶えませんでした

下の子は、小学生の頃から「少し問題あり」な子供でした

集団行動が苦手で、限りなくADHDに近いグレーでした

高校に入学したものの「飲酒」「タバコ」「万引き」「謹慎」「不登校」を繰り返していました

ついには警察のお世話にまでなります

30代後半の時
とても不思議な体験をします

自分がどうやって、この地球にやって来たのかを「体感」しました

不思議な体験でした
それを機会に、人のオーラというエネルギーが読めるようになりました

小さなころから感受性はものすごく強かったのですが、さらに人の感情や背景を感じるようになりました

不思議な体験をし、導かれるように「美容矯正サロン」を自ら経営する事になりました

しかし、集客もままならないサロンの経営は、どんどんギリ貧状態になって行きます

追い打ちをかけるように、父が亡くなった時、全ての財産放棄を強いられ、母が父の遺産を全て継ぎました

生前贈与により、100%妹の名義になりました

そう・・・家を出た私には、一円も入りませんでしたが、この母があってこそ、今の私があるのです

正直、ギリ貧状態の中、一円も手に入らず、子供二人を抱え、生活するには、私の心は荒んでいく一方でした

とにかく、この現状を何とかしたい・・・

一体私に、何が起こってこんなことになってしまったのだろう・・・

財産の事も、母親の事も・・・すべての人間関係においても、疑心暗鬼になり、何もかもうまく行かないようにしか感じることができませんでした

そんな迷路の中、佐藤由美子先生の「10秒ワーク」に出会いました

サロンの経営を何とかしたい!と言う思いで、門を叩きましたが、自分の思わぬ方向に、色んなことが変化して行きます

実は、一見不幸に思えるような事も、そこには、深い深い意味がありました

その意味を知る事で、「すべてはこの為に起こり、私の生きる意味があったのだ」と知りました

自分の生い立ちや、親との関係を呪って、一人怒っていましたが、この「10秒ワーク」で、大きな軸と、土台をつくる事ができました

「10秒ワーク」は、「安心して行動できる私」と「未来からのメッセージを受け取る」という事を、教えてくれました

そのおかげで、実際、子供への気持ちも、どんどん変化して行きました

自分の中の自分を見つける事で、自分自身を大切に愛し、自分を生きると決めた時、人知を超える何かに(または、未来からの自分に)引き寄せられるように「ヒューマンデザイン」と黒羽さえり先生に出会いました

土台が出来、自分に準備が出来たら、必ず約束してきた人と出会える

自分を生きるようになってから、さらに人生の方向が変わっていきました

去って行く人、残る人
母・妹へ気持ちの変化とともに、息子の変化 経済的にも大きく変化して行きました   

今、子育てをしている親が変われば、未来を生きる子供が変わる

時代の変化とともに、未来の子供の為の「本当の子育て」と「親世代の自由」を知る時代になっているのだと思います

昭和という時代は、もう終わっています

平成と言う時代も、終わり新年号 令和 になりました

私は、孤独になる人生を選んだことで、自分を生きる事に出会えました

点が線になり、大きなストリーとして紡がれていくのです

そんな生きにくい人生を選んで産まれてきた大人や子供の為の、「自分取扱説明書セッション」です

時代が変わっても、変わらないモノと、進化して行くモノ
良い信念は残し、本来の大切なモノを、大切に扱う時代です
自分を生きるとは、時には孤独を生きる事かもしれません

私がシェア出来る事
人の枠から、自分の自由へ

そんな中で生まれたのが「自分取扱説明書セッション」です


2019.03.04(今日は息子の誕生日です)